歌と共に生きる
私は小学校四年生の時から演歌を本格的に歌い始め、16年の年月が経った。
その中で、一貫して持っている歌に対する信念がある。
それは、
【歌には魂が宿っている】
という事だ。
なんか宗教っぽい言い方かも知れないけどσ(^_^;)
私は歌を愛している。
とりわけ、いつものように唄っている歌は
めちゃくちゃ愛してるし、めちゃくちゃ感謝している。
今日も歌わせてくれてありがとう!
この歌に出会えて良かった!
そう思っている。
そしたら、
自然と歌は私に色々な事を教えてくれる。
“このフレーズはこう唄って欲しい”
って自然と自分に降りて来る。
先日書いた
“歌詞を深掘りすれば歌はもっと楽しくなる”
で取り上げたハン・ジナさんの“窓”も同じ、
その楽曲を愛しているからこそ
“もみ消す”という言葉の真意に辿り着いた。
また、歌に導かれた事もたくさんある
私がカラオケ大会で優勝したり上位に入った時は必ず
“愛してやまない曲を歌った時”だ。
逆に言えば
“この曲でいっか”
とか
“なんでこの曲にしたんだろう…曲変えたいな”
って少しでも思った時はそれなりの結果に止まってしまう。
でも、それは歌以外でも言えると思う。
もちろん演奏や踊りでも同じだし、芸術系以外でも。
今から四年前、世界最高齢となる80歳でエベレスト登頂に成功した侍がいる。
三浦雄一郎氏だ
この人の名言はよく取り上げられているが
この人が登頂に成功した原動力は決して精神論だけでは無いと思う。
それは、
“自然、とりわけ山に対する感謝の気持ちと並々ならぬ愛情”だ。
三浦さんの名言にこんな言葉がある。
「山には相性がある。山に呼ばれなければ、なかなか行けない。エベレストの女神に3回呼ばれて、とうとう3度目の登頂になった」
この方は山の神をこよなく愛した。
だからこそ、山の神にも愛される存在となる。
そして大切に守られ登頂に成功した。
いずれにせよ、絶対持っては駄目だと思う感情は
【この歌を自分のものにしたい】
とか
【この山を制覇したい】
という支配欲だ。
たかだか1人の人間が、歌や自然を支配できる訳がないのだから。
だから、私は“持ち歌”という言葉をあまり使いたくない。
“よく唄う歌”という表現をする。
私は最近
歌を教える立場でもあるが、
私が本当に伝えたいのは“発声法”でも“抑揚やビブラート”といったテクニックでもない。
歌を愛して身体で感じて、宇宙へ広がるイメージ
それが出来れば例え音程が多少ズレようが、
テクニックが無かろうが
その歌は人の心へ入っていく、
独りよがりな歌には絶対ならない。
結果
聴いている人々に感動を与えられる歌となる。
現代では個性というものが大切にされて来ている、
それは好循環だし本当に素晴らしい事だと思う!
でもこれだけは絶対に忘れないで欲しい。
それは
謙虚な気持ちと、何事にも感謝をする気持ちです。
人間、完璧な人なんていないんだから。
私はこれからも、
歌をこよなく愛し、感謝の心を忘れずに
歌と共存していけるような
そんな歌い手になりたい。
〜Kengo